別れの時
妹澤井紀美子は、若くして腎臓を患い、その結果早くから人工透析を受けて40年になります。
健常者が100歳生きたと同じだと医者に言われるそうです。
いつも死と隣り合わせに生きている妹が、あるとき、別れの時を語ってくれました。
私には砂漠の中で光る宝石のような言葉です。
わたしは、幸い元気だけれども、わたしには、死がわけの分からない遠い存在ではなくて、なにかすぐ近くにあるものなの。
でも、わたしは不思議にそれが恐くはない。
わたしは、神様にすべてゆだねているの。
神様にゆだねているっていう感じが、兄さんには分かりますか。
そうね。こんなふうにいったらよいかしら。
青い海に舟が漕ぎ出るの。
わたしの知っている人達が皆白い浜辺に立っていて、わたしに手を振っているの。
舟は、するする沖に出ていくの。
浜辺の人達は、舟が出ていく方向を見つめているの。
次第次第にその舟が小さく小さくなって、地平線の彼方に消えていってしまうの。
浜辺のお友達は、「とうとう舟が消えてしまったわ」というの。
でもね。厳然として、舟は青い空の美しい海を航海しているの。
その沖の海は、喜びに満ちていて、輝いていて、静かなの。
これが、わたしの別れの時のイメージ。